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埼玉新聞創刊65周年記念出版「REDS J 16」

今日、近所の本屋に行ったらいきなり目に付いた本。

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REDS J 16
埼玉新聞で振り返る浦和レッズの16年。
本のサイズはB3ぐらいありますか。そこらに並んでいた本に比べひたすらでかいです。

ナビスコ杯初Vと言う、Jリーグが始まった浦和が最初に取った公式戦の優勝で始まります。
ステージ優勝や天皇杯での優勝Jリーグの初制覇からACL制覇まで。
最近の浦和レッズの躍進を語る埼玉新聞の号外が巻頭を飾ります。


1993年5月17日のレッズとしてのJリーグ開幕戦、VSガンバ大阪戦の惜敗。

福田のJリーグ得点王。日本人として始めてJリーグの得点王になったミスターレッズ福田の記事。
 

reds_20090614_2.jpgギドさようならの記事。
ギドとはDFとして活躍した元ドイツ代表のブッフバルトのことですね。ブッフバルトは、ご存じのように監督として帰ってきてレッズの黄金時代を築きました。
監督としては確か3年ぐらいしかいなかったと思うけど、黄金時代です。選手が監督のことを信じると言うことが、どんだけチームを強くするんだということがよく分かる時でした。

1999年11月28日。福田、無念のVゴール勝ちで2部転落です。

Vゴール勝ちのホイッスルは二部降格を告げる悲しい響きだった。
福田が知っていた。90分で決着しなければいけない。だからこそVゴールを決めた瞬間、うなだれ、そして泣いた。
日本代表として1993年のワールドカップ予選をともに戦った森保が、号泣する福田の肩を抱いてなぐさめた。
reds_20090614_3.jpg「悔しいと言うより、むなしい」。これほど虚無感のある勝利はサッカー人生で初めてだろう。(本書籍より引用)
この光景は今でも覚えています。
Vゴールを決めて、こんなに落ち込むって言うのは、もうないでしょうね。
Vゴールというルールは、今どこにもありませんので、見られることはない光景です。

2000年11月20日、J1に復帰。この復帰もVゴールでの劇的な復帰となりました。


などなど、この16年の浦和レッズの歴史です。