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Bookrock

おもしろく こともなき世を おもしろく

震災の記録

震災

2011年3月11日。
午後3時前。
僕は会社にいなくて、有明にある東京ビックサイトにいた。
ICカードワールドかあったので、それを見に行くために。
午後着いて説明を受けて、少し疲れたのでブースで話を聞きがてら椅子に座り休憩した。

そこは、セキュリティーのフェアが行われていた。 

いきなり、地震が来た。
最初はすくに終わるくらいに思っていたが、なかなかおさまらない。
おさまないどころか、揺れはどんどんひどくなる。

ブースにある張りぼての壁や照明がグラグラと揺れて、やはい!これは、と思う。

大きく揺れる中、席を立ち張りぼてからは距離のある所まで行く。

立っているのができないくらいの揺れ。

おさまったら、阪神大震災で被災した人に連れられ、まず建物の外に出ようと言うことになった。

まだ、外に出ようと言う人で殺到していることはなく、普通のスピードで僕たちは外に出れた。

それから駅に向かった。
地下鉄の駅だったが中に入れず、多くの人が駅の外にいた。
 

携帯でメールが来たのか、サイトを見たのか忘れてしまったけど。宮城で震度7だったことを知った。

まずいことが起こったかもと思ったけど、僕らはまずここから脱出しないといけなかった。

駅にいると次の大きな揺れが来て、建物から離れた。

これでは電車は動かないと思い、会社まで歩いて帰ろうと決める。

歩き始めると同じような人がいっぱいいて、歩道はずっと人の長い列になる。

途中でタクシーをつかまえようかと思ったけど空車のタクシーなんて一台もなかった。

電車は全て止まってしまったので、道路に人がいっぱいになる。

有明から豊洲を抜け銀座に出る。

一方通行だった人の流れは双方向になる。

だんだん歩きづらくなる。

東京駅を過ぎたあたりで相当に寒くなり、どこかで休もうとする。

ところが、地震のためにどこも空いていない。

ガスが止まったらしい。
丸の内は道路が一部盛り上がっていて隙間が見える。

休むところがなかったので、歩くことに決める。人はますます多くなる。いつもは地下にもぐっている人が外に出てきて、こんなに東京には人が多いのだなあと改めて思う。

歩き続けて、約4時間。やっと会社に辿り着く。

会社はエレベーターが止まっていて階段を歩くことに。

ここまで書いていて思い出したけど、ドコモの電話は全く通じなかった。メールも失敗することが多かった。会社で使っている緊急報告をするサイトも開かなかった。

大きな地震が来ると、通信のインフラは全くと言っていいほど使えなかった。


会社に帰ると、結構な壊れ方をしていた。
電車が止まり、今日は帰れないということがすぐに分かった。会社に泊まることになる。

夜、余震が続く。今思えば不謹慎だったかも知れないが、お酒を飲む。

朝、電車が動き出すことが分かったので、会社を出ることにした。
電車は、全く本数が不足していて駅は人でいっぱいになる。駅に入れない状況になっている。ホームにたどり着くため、前の駅まで戻り何本か見つめるだけだったが、何とか体を潜り込ませる。

そして、目標の駅の中に。
相当な人々。そして、かなり興奮状態になっている。ちょっと押せば暴動にもなりかねないような雰囲気がある。でも、みんな耐えている。そして、ちゃんと並んでいる。

電車になかなか乗れず、結局7時間ぐらいかけて自宅に着く。

次の月曜日。僕が乗る電車は動いていない。会社に行けないと思い、休むという連絡を入れる。
しばらくして、4つ向こうの駅まで電車が動くことを知る。会社に電話すると、結構大変な状況になっている。

これは、まずいと思い、4つ向こうの駅まで自転車で行くことにする。あとで計ったら14kmぐらいあった。そこを自転車を漕いで行く。駅に着くと、多くの人がいると思ったら,閑散としていた。そして暗い。

信じられないことに座れて会社に向かう。

会社でひと通り仕事を済ませ早めに帰る。

電車は僕の駅まで動くようになっていたが、悲しいことに自転車があるので、4つ前の駅で降りて自転車を漕いで帰る。
夜の長い距離の自転車はちょっと怖かった。道にも迷ってしまった。

次の日の夕方、大型停電があるというニュースが流れたので、早く帰ることにする。
ところが、こういう時に帰るとかえって大変なことになると言う事で、飲みに行くことにする。こんな事している人は他にいないだろうと思っていたら、少しいた。

10時過ぎに帰ったが、駅も電車もほとんど人はいなかった。

計画停電と電車の遅れと混雑と暗さと・・・そういう毎日が続く。

会社は空調も切り電気も最小限にしか付けない。

とても暗い中で仕事をする。それより空調には参った。午後になると空気が薄くなったように感じる。それが原因かどうか分からないが、車酔いになったような毎日だった。

スーパーの水がなかなる。これは、先日も続いていた。まだ、水が足りない。

ガソリンは、やっとこの前の休みから大丈夫になったみたいで、ガソリンスタンドに車は並んでなかった。


3.11の前と後で、僕が一番変わったのは、原子力発電所に対する考えだと思う。

原子力は電気の中で一番安価なものと思っていた。そして、人は制御できると思っていた。危険なものではあるが、石油だけに依存できないと思っていたので、安価で安定した供給ができるのは、今の世の中では原子力しかないと思っていた。

ところが、原子力は安価というのは、誤りだった。この福島原発の事故から立ち直るために、僕たちは膨大なお金を使っていかなければならない。原子力は実はコストがかかると分かったら、他に電気になるものを見つけなくてはならない。

今までより、便利な世の中ではなくなるかも知れないけど、ちょっとのことは犠牲にしてもいいから、安全で快適な生活が送れるようにしていかなくてはならないと思う。